BtoB企業のマーケティングは、なぜ日本で育たなかったのか?
法人営業とも呼ばれるBtoBマーケティングが日本でも注目を集めるようになりました。「BtoBマーケティング」や、そのツールであるマーケティングオートメーション(MA)、そしてエンタープライズマーケティングの手法として米国で脚光を浴びているABMなどのテーマでセミナーを開催しても、広い会場が満席になる時代になりました。
日本のBtoBには長い間マーケティングは存在しませんでした。マーケティングという名の組織は在ってもそれは宣伝広告やPRを主管する部門で、欧米のBtoB企業が普通に持っているような、商談(案件)を創出し、営業や販売代理店に供給する事をミッションとしたデマンドジェネレーションを担当しているわけではありません。
日本のBtoB企業では売り上げは営業や販売代理店が作るもので、マーケティング部門は全社の企業ブランドや大きな展示会などを担当し、売り上げとは遠いところでスタッフ部門として存在していました。消化すべき予算は持っていても、達成すべき売り上げに直結する予算は持っていなかったのです。
さらに2017年現在でも、全社の組織横断でマーケティングを推進するCMO(Chief Marketing Officer)というポジションを置いている企業はごくわずかです。オフィサー制を採用していない企業であればCMOがいないのは当然ですが、それに代わるマーケティング担当役員もいない企業が多いのです。米国では2000年から始まったマーケティングオートメーションの普及も、日本で普及が始まった。
一方の海外市場は、為替が強力に作用しました。戦後、日本は実質的には米国に占領されました。戦勝国が占領した場合、その国の統治責任が発生します。大戦を通して世界のリーダーとなった米国は、統治する占領国から餓死者や凍死者を出すわけにはいきません。8000万人の日本人は養い続けるには余りに数が多過ぎました。そこで米国は、日本を経済的に自立させようと考えます。敗戦国である日本の通貨「円」にブレトン・ウッズ協定を適用し、為替レートを1ドル360円で固定しそれを米国政府が保証したのです。その為替メリットは30年近く続いて日本製品の輸出を後押ししました。
そもそも高度な工業技術を持っていた日本は、安くて優秀な工業製品を輸出することで米国や欧州の競合製品を圧倒し、市場を席巻して行きました。
こうした特殊な要因に支えられた市場でもマーケティングはそれ程重要ではありません。
このような時代が長く続いたことで、日本は経済大国でありながらマーケティングが存在しない不思議な国になりました。
私は20年位前から、米国の友人に「なぜ日本のBtoB企業はマーケティングの組織やナレッジを持たないで売り上げを作れるんだ?」とよく質問されたものでした。
いま、マーケティングが必要とされている背景とは
【図1】はイゴール・アンゾフ博士が提唱したアンゾフマトリックスというものです。縦軸が顧客・市場軸で上が既存顧客・市場、下が新規顧客・市場です。横軸が製品・サービス軸で、左が既存の製品・サービスで、右が新製品・サービスです。
既存の顧客から出た既存製品・サービスの案件を「引き合い」と呼びます。マーケティング用語ではSGL(Sales Generated Lead)と呼び、マーケティング活動に依存することなく営業が独自に創出した案件です。多くの日本企業ではパイプラインの案件はこの「引き合い」が100%なのです。
日本企業で営業職に採用されると先輩や上司から必ず言われる事が、「顧客に顔と名前を覚えてもらえ」という事です。熱心に顧客を訪問し、顔と名前を覚えてもらうとやがて「宿題」をもらえるようになります。「この在庫っていくつ持ってますか?」「ここの仕上げ処理をこうしてくれるかな」「この納期で何とかなるかな?」「今回はこれしか予算が無いんだけど、何とかならないかな?」・・・。これは「引き合い」でありSGLです。
これに誠実にクイックレスポンスで応えていれば数字は後からついてくる、というのが日本のBtoBの黄金の勝ちパターンだったのです。今でも、これからも左上の「既存顧客に既存製品・サービス」という象限はこの方法が有効でしょう。でも、これでは右上の「既存顧客に新製品・サービス」は採れません。既存顧客と言えども、新製品・サービスを売ろうと思えば、いつも行っていない事業所、訪問していない部署、会っていない人に会わなければなりません。この勝ちパターンでは採れないのです。
左下の「既存製品・サービスで新規顧客を開拓する」はもっと苦戦するでしょう。新しい企業や市場では顔と名前どころか、企業も製品もまったく知られていないことも多く、こうした土地勘の無いフィールドでは「引き合い」に依存してきた営業は商談を作れないのです。
しかし、左上の「既存顧客に既存製品・サービス」という象限の成長は止まっています。ここだけに営業リソースを投入していればじり貧になることは目に見えています。
右上も左下もマーケティングが機能し、商談(案件)を創らなければどうにもなりません。日本のBtoB企業がようやくマーケティングに取り組み、仕組み化しようと投資しはじめたのはこうした背景がありました。
営業が売れないのは商談の機会がないから
実は、本格的にマーケティングに取り組む以前に、多くの日本企業は間違った改善策を採用しました。
1990年代後半から日本企業が取り組んだのは「営業チームの行動管理」だったのです。営業の行動を管理し、時に監視すれば売り上げは上がると考えたのです。SFA(Sales Force Automation)は受注確率を最大化するために営業案件を可視化してパイプラインで管理するためのツールですが、日本企業はこれを営業日報代わりにして、各営業の訪問や商談を記録し、管理しようと考えました。しかしこれは営業の事務仕事を増やし、結果的に顧客に割く時間を減らす結果にしかなりませんでした。営業とはそもそも管理に適さない生き物です。優秀な営業であればあるほど管理や監視を嫌います。自由にさせた方が売ってくれるのです。
私は、「売り上げを改善したければ営業を管理するのではなく、商談機会を作りましょう」と言い続けてきました。営業は売りたい生き物なのです。売るためのトレーニングも積んでいます。製品やサービスの説明やそのためのロールプレイを行っています。売れないとすれば、そのセールススキルを発揮する場、つまり商談の機会が無いからなのです。
その商談機会を作るデマンドジェネレーションと、そのためのツールであるマーケティングオートメーションの普及が日本のBtoBのマーケティング&セールスを一気に変革しているのが2017年の現在なのです。
後半のテーマ・内容
- デジタルソリューションの進化とマーケティング活動の進化
- マーケティングに取り組み始めた日本企業が陥りがちな課題や問題
- 日本のBtoBマーケティングのこれからと近未来
宣伝会議 別冊
実践・BtoBマーケティング(2017年4月発売)
巻頭特集〈寄稿記事〉
※一部内容を編集しています