B2Bマーケティングの“大量生産時代”を飛び越えろ!Kerry氏が語る、顧客から愛される未来の戦略

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B2Bマーケティングの“大量生産時代”を飛び越えろ!Kerry氏が語る、顧客から愛される未来の戦略

先日開催されたIGC Harmonics 2025にて欧米におけるB2BマーケティングのオピニオンリーダーであるKerry氏が登壇し、これからの時代に求められるマーケティングのあり方について、非常に示唆に富んだお話を展開されていました。今回は、その講演の中から特に重要なポイントを抜粋し、皆様のビジネスのヒントとなるようなコラムとしてお届けします。

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Kerry Cunningham 氏

あなたのマーケティングは“栄養価の低い作物"を量産していませんか?

Kerry氏は講演の冒頭で、B2Bマーケティングの進化を「農業の歴史」にたとえて解説しました。これが非常に分かりやすく、核心を突くものでした。

人類は長い間、狩猟採集で食料を得ていましたが、約1万年前に農業を発明しました。これにより食料の「量」は爆発的に増えましたが、育てやすい作物に偏ったことで栄養価は下がり、人々の健康状態はむしろ悪化したそうです。その後、産業化された農業はさらにその傾向を加速させました。
この歴史が、実はB2Bマーケティングの進化とそっくりだというのです。

  • 狩猟採集時代(~1990年代)
    営業担当者が唯一の「ハンター」として顧客と接点を持っていました。ここでの特長は、ソリューションについて顧客が知りたい場合、売り手と話す以外の方法はありません。そのため、購買プロセスと営業サイクルは同時に始まっていました。
  • 小規模農業時代(2000年代初頭)
    Eメールやコンテンツマーケティングが登場し、マーケターは初めて顧客と直接つながれるようになりました。しかし、手に入れたメールアドレスに大量の情報を送りつける「量産」が始まり、顧客は警戒心を高めるようになってきます。
  • 産業化時代(2010年代~現在)
    15,000以上ものマーケティングテクノロジーが登場し、リード獲得と管理のプロセスが工業化されました。しかし、多くの企業が「プロセスを正しく回すこと」や「ベンチマーク達成」に固執するあまり、「顧客にとって本当に正しいことか?」という最も重要な問いを見失ってしまったのです。

結果として、私たちは顧客を「コンバージョンさせるための対象」として扱い、栄養価の低い作物を大量生産するように、質の低いリードを追い求めるようになってしまったのではないか。Kerry氏のこの問いかけは、非常に重く響きました。

顧客はもう先に進んでいる。売り手が知らない「購買のリアル」

では、私たちが「工業化」されたマーケティングにまい進している間、顧客の行動はどう変化したのでしょうか。Kerry氏が提示したデータは、多くのマーケターにとって衝撃的なものでした。具体的な調査結果をもとに解説は続きます。

例えば多くのマーケティング関係者が注力するコンバージョン。ウェブサイト訪問者のうち、フォームに個人情報を入力してくれるのは、10人中2人だけです。その訪問者が実際に購入する可能性のあるバイインググループの一員であっても、フォームに記入するのは10人中3人だけ。つまり、ウェブサイトに人々を誘導するために費やしたお金のほとんどは、匿名のトラフィックに終わってしまいます。

さらにショッキングな数値だとKerry氏は続けます。
顧客は自分たちの購買プロセスを完全にコントロールしています。なんと顧客は、購買プロセスの約70%が進行するまで、売り手と話そうとしないというのです。

そして最も重要なのは、顧客は売り手と話す前に、自分たちで要件定義をほぼ終え、購入したい企業のショートリストを作成しているという事実です。驚くべきことに、最終的な契約の81%は、この最初の会話の時点でリストのトップにいた企業と結ばれるというのです。また、バイインググループは、市場に参入することを決めたその日に、選定対象とするベンダーを平均4~5社ショートリストに載せ、検討を始めます。そして、90%の割合で、その中の1社から購入すると言っています。

つまり、顧客は売り手から完全に独立し、自分たちのペースと論理で購買プロセスを支配しています。私たちが必死にメールを送り、電話をかけても、顧客が「その時」と判断するまで関与のタイミングは変えられません。初日のショートリストに入っていなければ、その取引の土俵に上がることすら、ほぼ不可能になっているのです。

“一足飛び”で未来へ!日本企業だからこそできる次世代戦略

ではこの厳しい現実を前に、私たちはどうすれば良いのでしょうか。ここでKerry氏は、日本企業にとって非常にポジティブなメッセージを語りました。

「産業革命を逃したことが、アイルランドにとって最高の出来事だった」

これは、かつてアイルランドが海外からの投資を誘致した際の広告コピーです。古い産業構造に縛られなかったからこそ、新しい時代に一気に適応できた、という意味が込められています。

Kerry氏は、「B2Bマーケティングの工業化(フェーズ3)を本格的に経験していないことは、日本のマーケターにとって間違いなく最高の出来事になる」と断言します。欧米の企業が過去の成功体験やプロセスに縛られている中、私たちはそのしがらみなく、一足飛びに未来のマーケティング(フェーズ4)へジャンプできる、絶好のポジションにいるというのです。

そのために実践すべき原則は3つあります。

  1. アカウントの特定
    営業とマーケティングが「どの顧客を狙うか」で完全に合意する
  2. バイインググループ中心への移行
    リードという「個人」ではなく、意思決定に関わる「チーム全体」を捉える
  3. 顧客の購買プロセスに合わせる
    私たちの都合ではなく、顧客の購買プロセスに寄り添って、マーケティングと営業が連携する

顧客から“親和性"で選ばれるブランドになるために

では、どうすれば顧客のショートリストのトップに入り、選ばれる存在になれるのでしょうか。Kerry氏は「ブランド・グラビティ(ブランドの引力)」という概念を紹介しました。引力を生み出す要素は「認知度」「可用性」そして「親和性」です。

特にKerry氏が強調したのが、B2Bでは軽視されがちな「親和性(このブランドが好きか、信頼できるか)」です。顧客があなたのブランドと関わりたい、と感じるような関係性を築くことが不可欠なのです。

それは、単に製品を売り込むのではなく、顧客がいるコミュニティに参加し、彼らにとって価値ある情報や機会を提供することから始まります。常に売り込むのではなく、良きパートナーとしてコミュニティを支援することで信頼が育まれ、いざという時に「まず、あの会社に相談してみよう」と思ってもらえる強力な引力が生まれるのです。

今回の講演は、私たちが日々追いかけているリードやMQLといった指標の危うさに警鐘を鳴らし、顧客とのあるべき関係性を根本から見つめ直す、大変貴重な機会となりました。

Kerry氏の全講演(日本語字幕入り)を下記サイトにてご覧いただけます。
このサマリーにはないお話しが盛りだくさんですので、ぜひこの機会に来期戦略の再構築のアイデアとしてご活用ください。