前回に引き続き、今年7月に開催されたカンファレンス「IGC Harmonics 2025」から、弊社のパートナーでもあるSteve Gershik氏の基調講演の内容をお届けします。今年のSteve氏の講演は、私たち日本のB2Bマーケターにとって、衝撃的であると同時に、未来への大きな希望を感じさせるものでした。
それでは「AI時代における日本企業の特別なチャンス」について詳しく見てみましょう。
なぜ「周回遅れ」が最大のチャンスになるのか?
~レガシーシステムからの解放~
「日本のB2Bマーケティングは、米国に15年遅れている」。昨年、弊社代表の庭山と交わした言葉からSteve氏の本筋は始まります。「しかし、それこそが今、世界をリードする最大のチャンスなのです」と。
この逆説的な言葉の真意はどこにあるのでしょうか?鍵となるのは「リープフロッグ(一足飛び)」という考え方です。北米の多くの企業は、過去15年かけて段階的にマーケティングテクノロジーを導入してきました。その結果、今では高価で複雑なレガシーシステムが足かせとなり、AIという新しい波に乗り換えるための莫大な移行コストや、変化に対する組織的な抵抗に苦しんでいます。
つまり彼らは、いわば過去の成功体験という「技術的負債」を抱えているのです。
一方で、多くの日本企業は、これから本格的にマーケティングのデジタル化を進める、いわば「白紙の状態」にあります。これは、過去のしがらみに囚われることなく、最初から最新の「AIネイティブ」なマーケティング体制を構築できる、またとないチャンスを意味します。Steve氏はこれを、アフリカの国々が固定電話網のインフラ整備を飛び越え、一気に最先端のモバイル技術を普及させた例に例えました。
つまり私たち日本企業は、欧米企業が15年かけて歩んだ回り道をせず、一気に最先端の地点へとジャンプすることができる、絶好のポジションにいるわけです。

「IGC Harmonics 2025」で講演するSteve Gershik氏
15年分の進化を18ヶ月で。AIネイティブが実現する「複利的な成長」
では、AIネイティブなマーケティングとは、従来のものと何が違うのでしょうか。Steve氏は、従来のマーケティングを「SaaSネイティブ」と呼びました。これは、ソフトウェア企業が他のソフトウェア企業に販売するために設計されたツールや手法がベースになっており、手動での更新、サイロ化されたデータ、そして担当者の直感に頼った意思決定が中心でした。しかし、このモデルは、複雑な合意形成が必要な日本のビジネス環境には必ずしも最適ではありませんでした。一方、AIネイティブなアプローチは、この常識を根底から覆します。AIは単に作業を効率化するだけではありません。リードの質を予測し、顧客一人ひとりの状況やタイミングに合わせてメッセージを最適化し、リアルタイムのデータに基づいて次のアクションを提案します。
最も重要な違いは、その成長の仕方にあります。従来の改善が「A/Bテストで開封率を数パーセント改善する」といった足し算的な成長だったのに対し、AIは学習するシステムです。顧客とのあらゆるやり取りから学び、賢くなり続けることで、成果が成果を生む「複利的な成長」を実現します。質の高いリードは成約率を高め、短縮された営業サイクルは収益を加速させ、そのデータがさらにAIを賢くする。この自己強化型のサイクルこそが、AIを導入した企業とそうでない企業の差を、わずか90日(四半期)で2倍に広げてしまうほどの圧倒的な競争優位を生み出すのです。15年かかっていた進化を、わずか18ヶ月で達成できる。それがAIの持つ力です。
未来を掴むためのロードマップ:成功への3つのフェーズと「最初の一歩」
「では、何から始めればいいのか?」という問いに対し、Steve氏は明確なロードマップを示してくれました。それは、壮大な計画を立てるのではなく、現実的なステップを踏むことの重要性を説くものです。
- 基礎フェーズ(1~6ヶ月)
まずは組織の準備から。AIに関する共通認識をチームで育み、自社のどの課題にAIを活用できるかを特定します。焦ってツールを導入するのではなく、成功のための土台を固める重要な期間です。 - 応用フェーズ(7~12ヶ月)
次に、的を絞ったパイロットプロジェクトで、測定可能な成果を出すことに集中します。「コンテンツのパーソナライズ」や「リードスコアリングの高度化」など、最もインパクトの大きい領域を2~3つ選び、小さな成功体験を積み重ねていきます。 - 変革フェーズ(13~18ヶ月)
小さな成功で得た自信とノウハウを元に、AI活用を組織全体に展開し、競合他社が容易に真似できない、持続可能な競争優位性を構築します。
この変革を成功させる秘訣は、「大きく考え、小さく始める」こと、そして「完璧を求めず、80%の完成度でまず前進する」というマインドセットです。AIは、完璧な計画からではなく、実践と学習の繰り返しによって賢くなっていきます。
Steve氏は最後に、力強くこう締めくくりました。
「チャンスの窓は急速に閉じています。5年後に業界をリードする企業は、間違いなく今日、この瞬間から投資を始めています。今、果断に行動する企業こそが、未来の競争環境を形作るのです。」
ぜひこの歴史的な転換点をチャンスと捉え、未来を掴むための「最初の一歩」を踏み出してみてはいかがでしょうか。15年分の進化は、最初の30日間の小さな挑戦から始まります。そのスタートは、「今」です。
このSteve氏の基調講演の全編(日本語字幕入り)を下記サイトにてご覧いただけます。